思いがけない渡し舟

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 ゆっくり舟が進んでいる。
 微かな水音だけを響かせて。

 顔を上げると、霧が立ち込めて遠くが見えない。

 俺は死んだのか。

 ゆっくりと振り返ると、真っ黒い布で全身を覆った船頭らしき者が舟を漕いでいる。死神かもしれない。

 こんなに呆気ないものなのか。
 悔しいような寂しいような思いが湧き上がり、死神に問いかけた。

 「なぁ、もう少し待ってくれないか?」

 「今日は妻と出かける日なんだ」

 「頼む。もう少しだけ…」

 霧が晴れてくる。



 「あなた大丈夫?」

 目を開けると、妻が覗き込んでいた。いつもの公園だ。

 「いつの間にか眠ってるんですもの。こっくりこっくりと舟を漕いでらっしゃいましたよ」

 そう言いクスクス笑っている。
 舟は漕がずに乗っていたんだが。

 …ああ。まだ大丈夫だ。

 俺は静かに笑った。

 因みに妻がボートに乗ろうと言ったが断った。
その他
公開:25/07/18 17:55
更新:25/07/18 18:00

甘露

真面目にのほほんと書いていけたらと思っております。
下手の横好きですが、宜しくお願い致します。

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