あわびいる

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若い男が女にビアグラスを差し出す。
女は虹色に輝く瞳で微笑み、両手の間から金色に泡立つ液体を出してグラスを満たした。
男はその液体を喉を鳴らして飲み干した。
ぷはあっと桃色の息を吐くと、狭いアパートの一室が絢爛たる楼閣へ姿を変えた。
「さあ、もう一杯召し上がれ」
華やかな衣装を身に纏う女が再び男のグラスに黄金の液体を注ごうと両手を差し出した瞬間、その姿がぐにゃりと歪み、楼閣の柱や壁も泡となって消えた。

男の目の前には水槽の中で泡をあげる鮑がひとつ。
老人に戻った男は鮑に話しかけた。
「もう十分、恩は返してもらったよ。だからもう海にお帰り」
鮑は返事をするようにハート型の泡を放った。
男が嵐の翌日に浜辺に打ち上げられた鮑を助けると、鮑は女の姿となって男に金の泡が立つ不思議な酒を振る舞い、心躍る幻を見せたという。
その美酒は鮑の吐き出す泡から生まれたビール、〈あわびいる〉と呼ばれたそうな。
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公開:24/09/01 23:58
更新:24/08/30 18:05
クラフトビールコンテスト②

蟲乃森みどり( 太陽から三個目の石 )



空想と妄想が趣味です。

 

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