あんころ餅

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 旅の途中、涼やかな売り子の声に足が止まった。
「あの頃餅、いかがですかー?」
 ん?聞き間違いか?
「あの、いまなんて?」
「はい、『あの頃餅、いかがですか?』とーーお客さん、もしかして初めてですか?あの頃餅」
「ええ、あんころ餅なら、食べたことありますが」
「あの頃餅は、それに似てはいますが、こちらは浸りたい思い出の情景を見られるお餅なんです」
「浸りたい思い出……」
「はい。たとえば桃色のお餅なら初恋の思い出を、赤や黄色のお餅なら、若かりし日の情熱ある日々を思い出せるお餅なのです」
 それを聞いて、見たい情景はすぐに思い当たった。あの頃の、悔しい思い出だ。見たくない気も、また見たい気もした。
「あの私、元高校球児でして……」
「〇〇君よね?同じクラスの!はい、情熱の赤い餅と白熱の白いお餅どーぞ!」
 その子、よく見れば初恋のあの子だった。
 見たい情景は、目の前にもあった。
 
公開:24/03/09 03:59

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