クラフト・ヒーロー

ある朝、目が覚めたら左腕がビールサーバーに変わっていた。人生には時にまったく予期しないことが起きる。好むと好まざるとに関わらず。
腕がビールサーバーに変わると、僕にはなぜか会社の同僚達の心が見えるようになった。誰もが忙しさに余裕を失い、疲れていた。そんな彼等にいつしか仕事帰りにビールを振る舞うようになった。
やがて会社を辞めると、貯金と退職金を使ってビアホールを開業した。店の名は「Craft Hero」。「ヒーロー」とはもちろん僕のことではない。
ドアに取り付けたカウベルが鳴ると、今夜も疲れた顔のお客さんが次々と店にやってくる。
「いらっしゃいませ」
僕は精一杯の笑顔で彼等を迎える。
「ビールをお願いします」
「かしこまりました」
僕は自らの指先から金色に輝く至高の美酒をグラスに注いで振る舞う。
「一日お疲れさまでした」
今日を必死に戦い抜いたヒーローとヒロイン達に労いの言葉を捧げながら。