みかんの樹

静岡では、山の斜面を利用したみかん栽培が行われている。
うちもそんな農家のひとつだ。

冬が近づき、収穫の季節がやってきた。
しかし一本だけ、全く実をつけない樹があった。
日当たりが悪いわけでも、樹が痩せているわけでもない。
なのに、何年経っても実がならない。

この樹が、ひょんなことから有名になった。
地元のニュースになったのだ。
噂は噂を呼び、樹を見たいと多くの人が訪れた。

今日も畑は観光客でいっぱいだ。
彼らはお土産にみかんを買ってくれる。
ふと客に、なぜこの樹を見に来たのか聞いてみた。
すると、験担ぎに来たという。
実を付けない未完の大器ゆえ、その御利益にあやかりたいと。

なるほど。
この樹はみかんを実らせることはできないけれど、多くの人を招く。
おかげでうちのみかんは毎年大人気なのだ。
一番御利益を受けているのは、私かもしれなかった。