満員電車の中で

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今日は、ひどい一日だった。
会社では、上司には理不尽に怒鳴られるわ、思いを寄せていた女子社員が寿退社することを知らされるわ、数年に一度の、最悪の月曜日。
そして、帰りはこの満員電車だ。帰宅サラリーマンの群れに押しつぶされながら、やっとの思いで席に座れたと思えば、隣の太った男が眠りこけて寄り掛かってくる。
(やばい。大声で叫びたくなってきた)
おれは、太った男を押しのける様に立ち上がった。
ふいに、目の前の小さなお婆さんが、頭を下げてきた。
「すみません。お気遣いいただいて」
七十歳は過ぎているだろう。電車の揺れにあわせて、懸命に足を踏ん張っている。今まで、彼女が前に立っていることすら気づかなかった。
「ありがとうございます」お婆さんは微笑んだ。「でも、大丈夫ですよ。次の駅でおりますから」
恥ずかしさに顔が熱くなった。
ただ、不思議なことに、いつの間にか鬱積した気分は遥か彼方に消えていた。
その他
公開:21/10/25 22:17
更新:22/08/08 21:48

紫丹積生( 千葉県 )

 冷たい夜、漆黒の空に浮かぶ細い三日月を見上げながら、そっと考えてみる。
 語れば語るほど、伝えたいはずの思いが遠ざかっていくのは、なぜだろうか。
 うわべだけの安直な言葉や表現は、輝き始めた世界を色のない平板な景色に一変させ、萌芽しかけた感動を薄っぺらで陳腐な絵姿に貶めてしまう。
 想いは、伝えるのではなく、感じさせるもの。ありふれたシンプルな言葉で、暗く、苦く、美しい物語を紡いでいきたい。

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