悪魔の箱

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「館長っ!」僕は叫んだ。
博物館長は、膨れ上がった緑色の顔をあげ、真っ赤な目で僕を睨みつけた。
「もはや館長ではない。俺は悪魔だ」地の底から響くような声が答えた。「お前たちが掘り起こした箱とともに、古代から甦ったのだ」
館長の身体を乗っ取った悪魔は、足元の黒い箱を持ち上げた。箱には、得体のしれない金色の紋様が描かれている。
「この箱には、際限のない悪意が詰まっている。中から放たれた悪意は、殺し合いの種となって世界中に蔓延するのだ」
一晩で数十メートルの高さまで成長した大樹。悪魔は大樹を螺旋状に取り囲む蔓の上をのぼり始めた。
「あれ、ここにあった箱は?」若い学芸員が、僕の元に走り寄ってきた。「掘り起こした箱のデザインがイケてたので、クーラーボックスに色を塗って、レプリカを作っておいたんですが」
 苦労して大樹のてっぺんにたどりついた悪魔は、咆哮とともに箱を開いた。間違えたとも知らずに。
ホラー
公開:21/09/21 21:56
更新:22/08/08 21:46

紫丹積生( 千葉県 )

 冷たい夜、漆黒の空に浮かぶ細い三日月を見上げながら、そっと考えてみる。
 語れば語るほど、伝えたいはずの思いが遠ざかっていくのは、なぜだろうか。
 うわべだけの安直な言葉や表現は、輝き始めた世界を色のない平板な景色に一変させ、萌芽しかけた感動を薄っぺらで陳腐な絵姿に貶めてしまう。
 想いは、伝えるのではなく、感じさせるもの。ありふれたシンプルな言葉で、暗く、苦く、美しい物語を紡いでいきたい。

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