妻の首

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小学校への入学にあわせ、娘がわたしたち夫婦と別の部屋で寝ることになった。
娘が一人で寝る最初の夜。目を覚ますと、薄暗闇の中、隣の布団で妻がわたしに背を向けているのが見えた。娘は、襖越しの隣の部屋で眠っているはずだ。
妻の首が少しずつ、伸び始めた。一メートルほどまで首が伸びたところで、首が妻の身体から離れる。ふわふわと空中を漂い、細く開いた襖の隙間から娘の部屋に入っていった。
娘の様子が気になったのだろう。
五分ほどして、妻の首がもどってくる気配がした。わたしは布団に潜り込み、眠ったふりをした。がさがさ、と布団がこすれる音がする。薄く目を開けると、妻の首は元通り身体に戻っていた。
子供の頃、田舎の祖母に聞いた「抜け首」という妖怪の話を思い出した。
以来二十年。わたしたち夫婦は、変わりなく暮らしている。
一昨年、娘は嫁に行き、半年前には初孫が生まれた。娘の首が伸びるのかどうかは、わからない。
ファンタジー
公開:21/09/20 09:12
更新:22/08/08 21:45

紫丹積生( 千葉県 )

 冷たい夜、漆黒の空に浮かぶ細い三日月を見上げながら、そっと考えてみる。
 語れば語るほど、伝えたいはずの思いが遠ざかっていくのは、なぜだろうか。
 うわべだけの安直な言葉や表現は、輝き始めた世界を色のない平板な景色に一変させ、萌芽しかけた感動を薄っぺらで陳腐な絵姿に貶めてしまう。
 想いは、伝えるのではなく、感じさせるもの。ありふれたシンプルな言葉で、暗く、苦く、美しい物語を紡いでいきたい。

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