香りの記憶

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足を踏み入れたとたん、さまざまな香りに包まれた。

古書「プルースト」というこの店は、「香りの本屋」とも呼ばれるらしい。
人の記憶と匂いは、強い結びつきがある。
そこで、本に香りをつけて売っているのだそうだ。

棚から本を取りだすと、裏表紙に付せんで香りが書かれている。
「週末のカフェ」とあった。
本を開くと、ふわりと香りが拡がる。
コーヒーと、太陽と、パンの焼ける匂い。雑踏とざわめきが聞こえる気がした。

私は、他の本を開いてみる。

4月の教室。
新宿の大型書店。
秋葉原のジャンク屋。
夜の雨の鎌倉。
雪の降り始めた小樽運河。
梅雨の小田原。

どれも、思い出を蘇らせてくれた。
それなら、「あれ」もあるかもしれない……。
本棚を片っ端から探し、ついに見つけた。

「神保町の喫茶店」。
タバコとコーヒーと古書のない交ぜになった匂い。
今はなき思い出の店の記憶が、鮮明に蘇ってきたのだった。
ファンタジー
公開:21/05/12 10:01

蒼記みなみ( 沖縄県 )

南の島で、ゲームを作ったりお話しを書くのを仕事にしています。
のんびりゆっくり。

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