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崖があるわと、君は言う。崖はあるよと、僕は言う。だけど、崖に意味はない。上から見下ろす崖に意味はない。崖は、登っていくものだから。暫しの口論。さすが彼女は、言葉をたくさん、持っていた。何もない道で、よくこれだけの言葉をーー。
 その時だ。私の頭上に、蜂が来た。はじめて見る、青い蜂。蒼い蜂。碧い蜂。危ない!と、私は少女を抱き寄せる。彼女はなんだか幸せそう。私の腕のなかで。 
「崖を見に行きましょう」ーー彼女は頑固だ、意外にも。 
「仕方ないな」ーー僕は折れる。簡単に。 
「だけど、君は待っていて。僕が見てくるから。代表で」 
 そうして、僕は、見つけたのだ。蜂が、崖の華の蜜を吸っているのを。命の水を、吸っているのを。 
「ほうらね」彼女が言う。「ハイハイ」と、僕は返す。僕らはやっと、見つけたんだ。歩くことは生きることだと。ただ生きることに、意味があるのだと。
公開:21/07/23 13:18

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