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部屋を整理していると押入れの奥から錆びたクッキーの缶が出てきた。蓋を開けると封筒が入っていた。その表には幼い私の字で〈開けちゃダメ!〉と書かれている。
「何かしら?」
封筒を開けると中から植物の種が出てきた。とりあえず育ててみることにした。
植木鉢に入れた土に種を蒔いて水をやると瞬く間に芽が出て、やがて薄紫色の蕾を一つつけた。その蕾が開くと、花の中に封じ込められていたかつての時間が私の頭の中にどっと流れ込んできた。
友達と喧嘩してしまったあの日、我儘を言って母を困らせたあの日、算数のテストで酷い点数を取ってしまったあの日……少女だった頃の自分が忘れたいと強く願った悲しい時間の数々だった。
近所の花屋さんが「この花に強く願えば嫌なことは皆忘れてしまえるよ」と私にくれた〈忘れ花〉の種だと思い出した。
私は花を眺めて微笑む。
あれほど忘れようと蕾に封じた辛い時間が今ではとても懐かしくて、愛しい。
ファンタジー
公開:20/12/14 17:00
時間のつぼみ 大原さやかさん 朗読 月の音色 月の文学館 170回

蟲乃森みどり( 太陽から三個目の石 )



空想と妄想が趣味です。

 

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