空耳図書館

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近所の公園には不定期に移動図書館がやって来る。その図書館は少し変わっていた。そこで借りた本を黙読すると、どこからか声が聞こえてきて、本を読んでくれるのだ。僕はいつしかその図書館を「空耳図書館」と呼んでいた。
ある日、そこで『初恋』という名の詩集を借りた。以来、その詩集を黙読する度に聞こえてくる女性の澄んだ声の虜となった。僕はとうとう便箋に「一目でいいからあなたに逢いたい」と綴って詩集の間に挟んで図書館に返却した。心を込めて書いた言葉はきっと不思議な図書館の魔法で空耳となって相手に伝わるはずと信じて。

本を返した数日後、図書館は公園から姿を消していた。代わりにベンチに一人の女性が座り、見慣れた詩集を傍らに置き、便箋に目を落としている。そのとき、僕達二人の間にそよ風が吹き、お互いの声の空耳がほとんど同時に鼓膜をふるわせた。
「こんにちは。あなたに逢いたかった」
僕達は共に赤面してうつむいた。
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公開:20/06/25 07:00
更新:20/06/24 22:06
空耳 図書館 黙読

蟲乃森みどり( 太陽から三個目の石 )



空想と妄想が趣味です。
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