懐中時計の回想

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その懐中時計は様々な人々の手を渡った後でとある時計屋の手の中に収まった。時計は傷つき、壊れかけていた。
店主は時計を分解すると耳を澄ませた。時計はかつての持ち主のことを語り始めた。
最初の持ち主は貴族の娘だった。彼女は時計を気に入り、常に懐に忍ばせていた。時計は今でもその娘の若き胸の鼓動と華やかな夜会の喧騒を記憶している。
次の持ち主は兵士だった。彼は時計を守り神のように胸ポケットに入れ、戦場を駆け抜けた。実際に一度、時計は弾丸を弾き、兵士の命を救ってやった。だが、兵士は最後には戦場に倒れた。
その兵士から遺品として時計を受け取ったのは彼の恋人だった。以来、その娘の時は止まってしまった。時計は悲劇の象徴として捨てられた。貧しい少年がその時計を拾うと時計屋へと持っていき、店主が買い受けたのだった。
修理が済むと、時計はしみじみと呟いた。
人間というのは実に儚くも美しい心を持っているものだと。
ファンタジー
公開:20/03/19 07:00
時計のつぶやき 懐中時計 回想

蟲乃森みどり( 太陽から三個目の石 )



空想と妄想が趣味です。

 

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