節目の翁面

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能面師の父がよく言っていた。
「無表情のことを能面のようだなどと言うが能面ほど表情豊かな面はない」と。父の工房の壁に掲げられた面を見る度に私も納得する。小面に般若、痩男に癋見……どれも表情豊かで、能楽師が着けることによって新たな命が吹き込まれる。
時代の節目を祝し、更に新築された能楽堂のこけら落しも兼ねて〈翁〉が演じられることになった。その白式尉と黒式尉の面を父が手がけた。柔和に笑う翁の面に刻まれた皺の一本一本を父は天下泰平と五穀豊穣の祈りを込めて彫り込んだ。心身ともに尽き果てたのか、その二つの面が父の遺作となった。

そして時代は新たな門出を迎え、父の後を継いだ私は今、能楽堂で〈翁〉を鑑賞している。父の命の結晶である白と黒の翁面を着けた能楽師による祝いの舞を見ていた次の瞬間、二面が重なり、父の顔に変わった。
その深い皺の刻まれた表情は一つの命を技芸に捧げた潔くも美しい職人の顔であった。
ファンタジー
公開:19/12/07 14:26
更新:19/12/09 19:06
節目 能面 能楽堂 時代

蟲乃森みどり( 太陽から三個目の石 )



空想と妄想が趣味です。
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