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円山町の白いシーツの上で眼が醒めると隣に女の横顔が長い髪に覆われて、耳だけが窓の無い部屋にひんやりと見えた。耳の縁のカーブに沿って細い銀色の産毛が生え、それが痛々しい様に感じられて私はその渦を何度も眼でなぞっていた。

松濤の美術館の地下で無数の耳の彫刻を見た。
アルミニウムで作られた巨大な耳の群れが街中を聴音していた。耳の間を歩くと自分の靴音まで吸い込まれる様だった。

女が何かを言ったがよく聞き取れなかった。閉じる事ができない無防備な器官なので、耳を近づかせて女の言葉に預けることは躊躇する。

耳の渦は迷路の庭の様だ。音はそこを辿ると暗い孔を通って記憶に行き着いて蝶や魚になる。
女の言うそばから黒いとかげのごとく這い出て、蜂になって私の耳に届くと蛇の様に潜り込んだ胸の中で赤いカーネーションの束となって、ひたひたと暗渠へと流れ出した。

私はそのままいつまでも朝を告げる事ができない。
青春
公開:19/11/15 01:00
更新:19/11/15 01:40

北澤奇実

慌てて書きましたが、七夕祭りに間に合いました!

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