微笑み相続

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通夜のとき、棺桶の中で眠る母の顔を繁々と眺めた。生前と同様、眉間に皺を寄せ、口を真一文字に結び、安らかとは程遠い表情のままだった。物心ついた頃には既に笑顔を浮かべた母の記憶がない。私が受験に合格したときも、結婚したときも、母はニコリともしなかった。母は私を愛していないのだと思っていた。母にとって私は邪魔者なのだと。
遺品を整理していると、母名義の「微笑み貯蓄通帳」が出てきた。総額を見るとかなりの微笑みだった。日付を遡ると、父が病死したその年から貯蓄が開始され、私の人生の節目ごとに多額の微笑みが積み立てられていた。通帳には手紙が添えられていた。
「悲しいことがあったら使いなさい」
私は泣き崩れた。母は笑わなかったのではない。ずっと笑いたいのを堪えていたのだ。将来の私が笑顔に溢れた人生を歩めるように。私は相続した微笑みを早速使わせてもらうことにした。娘の結婚をとびきりの笑顔で祝福するために。
ファンタジー
公開:19/10/30 12:46
更新:19/12/20 21:38
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蟲乃森みどり( 太陽から三個目の石 )



空想と妄想が趣味です。

 

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