ぬばたま

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十二月の冷たい夜の雨の中で泣く彼女は美しい。蔦のような黒髪が仄白く柔らかい頰の膨らみに絡まり、紅い下瞼に睫毛が幽かに震えている。ネオンを映す水滴が横顔を伝わって唇を滑りながら顎を撫ぜ落ちていく。
「そんな顔が見たかった」酷いことを伝えた後に僕は言った。「いくらでも見せてあげる」そう残して彼女は地下鉄の入り口に消えた。
それから暗くて水のある場所に彼女の顔が浮かぶようになった。夜の水溜り。雪の残るビルの翳り。落命した鴉。止り木の隅のグラス。マンホールの孔。路の下の暗渠。公園の水盤。紅い目と黒髪は消えずに日々を僕と過ごした。

だから、夫と子供を連れて、髪を切った彼女を見かけた時は心底驚いた。僕は、慌てて誰も居ない家に戻ると、暗く色のないバスタブに水を張って、頭からそこに潜り込んだ。

彼女はやはり水底で僕を怨嗟に満ちた紅い目で見ていた。そして長い黒髪で僕の頸をゆらゆらと緩やかに絞めてくれた。
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公開:18/12/18 01:28
更新:18/12/20 07:44
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慌てて書きましたが、七夕祭りに間に合いました!

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