資料室にて

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 昔のことだ。ぼくが最初に配属された支社の古いビルに資料室という名目の物置部屋があった。誰の責任からも逃れて安寧の地を見つけた道具たちの息遣いが好ましく、仕事に疲れたときはそこを訪れてぼーっとすることが多かった。あるとき、傾いた長机の足に隠れるように赤い木材が床から生えているのに気がついた。求められてるような気がして、水筒の水をかけると、あっという間に赤に吸い込まれた。その日から、水を与えるのが日課になった。木はみるみるうちに成長し、なんと鳥居になっていくではないか。鳥居ってこうやって生まれるのか、などと思いながら成長を見守っているうちに、異動が決まった。願っていた本社への異動だが、鳥居が完全に立ち上がるのを見届けられないのが残念だった。最後の夜、まだ傾いている鳥居とその向こうに横たわる安寧の闇に手を合わせた。
 もう支店に戻ることもなく、あの鳥居がどうなったか、たまに思い出す。
その他
公開:18/10/17 21:42

松本楽志

作家の本間祐さんが提唱した500文字小説である「超短編」というムーブメントに共感し、15年以上に渡り「超短編」を意識して短いお話を書き綴っております(ショートショートとはやや手触りが違いますが、同じくらいのサイズの小説なのでよろしくおねがいします)。なお、秋と春に文学フリマ東京に「超短編マッチ箱」で出展し、小冊子を販売しています。

そのほか「てのひら怪談」などにも参加しておりました。俳句もやってます。結社「蒼海」会員(俳号:幽樂坊)。

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