ツワリワクチン

問診票にサッと目を通し、医者は言った。
「では処置室へ」
身重の母親は医師に頭を下げ、看護士と共に診察室を後にする。
この母親が接種するのはツワリワクチン。
もっとも、ツワリの症状が軽くなるのではない。
ツワリが酷い時、勤め人は特別有給が取れ、代替要員もすぐ入る。さらに通勤緩和の為に勤務時間も無条件短縮だ。
保険適用外でかなり高額、ツワリが軽ければ空振りだし謎が多いが、効果は確かなので、接種希望者は多い。
残った付き添いの旦那が言う。
「上の子の時、ツワリ酷くて…でも仕事休めないから辞めちゃったんですよ。だからカミさんとお腹の子の為なら安いもんです」
制度が悪いだけなのに…
このワクチンを処方する度に医師は思う。
「先生、カミさんアレルギーあるんですけど平気ですよね？」
帰り際の旦那の言葉に医師は窓の外を見ながら言った。
「大丈夫です」
このワクチンでショックや副作用はでないんだ。絶対に。