自動追尾機能付スーツケース

　スーツケースを、手で引いて歩く時代は終わった。
　その名の通り、登録した持ち主の生体データを追尾するスーツケースの誕生で、手荷物を気にすることなく外出が出来る。
　手ぶらで気軽に歩く人の後ろを付かず離れず、懸命に追ってくる様にはどこかいじらしさを感じるもので、故障したスーツケースの為の墓地まで登場する有様だ。
　そんな中、完全防水のスーツケースが開発された。
　豪華客船の優雅な船旅で、天鵞絨張りの廊下をスーツケースがうろうろするのは好ましくない、との声を受け、船の後を泳いで付いてくるものだ。
　船の起こす波を利用して進み、停泊中の観光はスーツケースとしての役目を果たすのでお誂え向き……に思えたが。
　そのほとんどが、行方不明に陥った。
　船と並走して泳ぐイルカと遭遇したスーツケースは、何故かその群れと一緒に行ってしまうのだ。
　イルカの発する音波が原因と考えられるが、詳細は未だ調査中だ。