一九一一年、北オーストリアにて。

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 男は、自分を画家だと言った。
 庭に咲く黄色い花の名前を聞いてきたので、木のも草のもどれも黄色い花だ、名前なんかない。そう答えておいた。
 男は少し考えた後、家を描いてかまわないかと言う。断る前に銀貨を一枚、握らせてきたので庭先を貸してやった。
 しかし、画家だというわりにはイーゼルと木枠を抱えるだけで、絵の具も筆も持っていない。
 男は両手の人差し指と親指で作った枠に、家と庭の風景を収めると、うんと頷いてその場でとんてんかんと木枠を作り始めた。杉の角棒を組み合わせ、タックスを打ち込み、イーゼルに恭しく乗せる。
 キャンバスも張らずに何をしてるのかと思えば、ほくほく顔で戻ってきて、しばらくあのまま置かせて欲しいと、今度は銀貨を二枚寄越した。
 しばらくだけならと許しはしたが……枠の向こうにめまぐるしく入れ替わる人が見えるし、なんだかもう一〇七年位経っている気がして、薄気味悪くて仕方ない。
ホラー
公開:18/08/30 10:59
更新:18/08/30 11:07

矢口慧( 関西 )

幻想、怪談、時代物。その他諸々、わりと節操なしに書き散らす(自称)小説屋、やぐち・さとりです。

プチコン花に「花水」が選出。
プチコン海に「真珠」が選出。
プチコン七夕に「烏合の橋」が選出。
名作絵画SSコンテストに「カウンセラー」が文春編集部賞選出。
働きたい会社 ショートショートコンテストに「オフィスカフェ」が選出。
ショートショートは400文字きっちり縛り。

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