カウンセラー

5
31

「どうぞ入って」
 促され、足を踏み入れた青い家は、案外、普通の部屋だった。
 暖炉の前のソファ。床にはラグ。軽食を乗せるテーブルに、庭の花を生けた花瓶。
 室内を見回す僕に、専任のカウンセラーだと言う彼は、「大理石で出来てると思った?」と、笑いかける。
「転職前は大工だったからね、ここは自分で建てたんだ。外の壁は保護色にするしかないから空色だけど、そろそろ塗り替えなきゃ」
 言いながら、一人掛けのソファを勧められる。何か飲むか聞かれてコーヒーを、と答えたものの、これからカウンセリングを受けるのに刺激物はダメだよと、ホットミルクにされてしまった。
 暖かいミルクを飲むのは、子供の頃以来だ。
 生まれてから、今まで。甘い湯気に誘われるまま思い出したら涙が溢れてきた。
 愛しい全てを置いて死んでしまった。
 なのに、甘いミルクが美味しくて、それがなんだか幸せで。
 僕は、神様の前で泣き続けた。
ファンタジー
公開:18/08/31 10:57

矢口慧( 関西 )

幻想、怪談、時代物。その他諸々、わりと節操なしに書き散らす(自称)小説屋、やぐち・さとりです。

プチコン花に「花水」が選出。
プチコン海に「真珠」が選出。
プチコン七夕に「烏合の橋」が選出。
名作絵画SSコンテストに「カウンセラー」が文春編集部賞選出。
働きたい会社 ショートショートコンテストに「オフィスカフェ」が選出。
ショートショートは400文字きっちり縛り。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容