誰かの家

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 引っ越してきたばかりの住人に、世話役が先ず案内するのは林の中の家だ。
 褪せた青い壁の農家、茂る木々の枝に囲まれていてもすぐ解る……家の敷地に入れないよう、周囲に鉄格子が巡らされているのだ。
 それを除けば、花の季節に彩り豊かな光景、穏やかで牧歌的で、危険はないように見える。
 そう誰もが口にする疑問に呆れて、世話役は首を横に振る。
「この周囲を巡ってよーく見てくれ。ぐるりと、そう。俺はここで待ってる」
 世話役がパイプ煙草を一服しながら待つ間、行った方向と反対側から戻った住人は、大概首を傾げている。
 おかしな所はどこにもない、まったく普通の家だったと。
 予想通りの反応に、世話役は予定通りの答えを返す。
「扉の一つもない家の何処が普通かね。踏み分け道すらなかったろう、あの家は建った時から誰も出入しないんだ、なのに」
 青い家からは、美味しそうなシチューの香りが、風に乗って漂って来る。
ミステリー・推理
公開:18/08/31 10:24

矢口慧( 関西 )

幻想、怪談、時代物。その他諸々、わりと節操なしに書き散らす(自称)小説屋、やぐち・さとりです。

プチコン花に「花水」が選出。
プチコン海に「真珠」が選出。
プチコン七夕に「烏合の橋」が選出。
名作絵画SSコンテストに「カウンセラー」が文春編集部賞選出。
働きたい会社 ショートショートコンテストに「オフィスカフェ」が選出。
ショートショートは400文字きっちり縛り。

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