6
110

 彼女の郷里では、蜃気楼の被害が深刻らしい。
 大蛤が餌になる海鳥を捕る為に吐くのだが、巧みに港を真似る為、しばしば人が迷い込む。蜃気楼に捕らわれ、戻れた者は稀である。
 幼い頃、事故で沖に出て三ヶ月、彼女は蜃気楼の町で暮らし、その記憶はほとんど残っていない。けれど彼女は確かに海市の住人だ。
 大蛤は、飲み込めない異物を真珠に変える。
 齢八十八を迎えるというのに、彼女の肌には皺一つなく、人が最も美しいとされる年頃、その姿のままを生きている。
 ドラマや映画に出演し、女優として大成した彼女の影響で、年頃の娘が自分も永遠の美しさをと、海に出ては遭難騒ぎを起こす事件が未だ絶えない。
 取材の中、そんないいものでもないですよ、と彼女は言う。
 歯も骨も衰えて、内臓もね。肌も割れたらもうそのまま。
 そう二の腕の包帯を解けば、表皮が変質した真珠層の下からは、黄ばんで皺くちゃの、年相応の肌が覗いた。
ファンタジー
公開:18/05/16 10:13

矢口慧( 関西 )

幻想、怪談、時代物。その他諸々、わりと節操なしに書き散らす(自称)小説屋、やぐち・さとりです。

プチコン花に「花水」が選出。
プチコン海に「真珠」が選出。
プチコン七夕に「烏合の橋」が選出。
名作絵画SSコンテストに「カウンセラー」が文春編集部賞選出。
働きたい会社 ショートショートコンテストに「オフィスカフェ」が選出。
ショートショートは400文字きっちり縛り。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容