La Mer

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恋人と別れた俺は海にきた。流木に腰掛けると視界が青に染まる。波は穏やかに足に触れた。海の表情は美しかった。心が波音に合わせて落ち着いていった。日が沈んだ夜もずっと海を見ていた。始発で帰る頃にはすっかりいつもの自分に戻っていた。
そうして俺は他の女と結婚した。妻を伴って同じ海にやってきた。海は変わらなかった。沖に向け泳ぎだすと青色が広がり、水面をかく腕が心地よかった。半時程して向きを変えた。遠くの浜に妻の姿が見えた。その瞬間、腕が急に重くなった。いや違う。水が重くなったのだ。もがいても前に進まない。必死になった。だがうねる高波が俺を飲み込んだ。
何が起きたのか解らぬまま沈んでいった。不思議と恐怖は無かった。光が遠退きあの夜と同じ闇がやって来た。密やかで柔らかな闇だ。海は俺を抱きしめる様だった。どこまでも優しかった。
浮き上がる最期の泡を見て俺はやっと理解した。それから海との一瞬の恋に溺れた。
その他
公開:18/05/17 11:01
更新:18/05/27 16:28

北澤奇実

春頃からずっと温めていた、というか冷やしていたお話です。

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