夏バイト

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 避暑地・住み込み・低い時給は長時間労働でカバー。
 親戚の家でバイトしよーぜ、夏休みにすることないし、夜は部屋でゲーム三昧しようぜという甘言に乗せられて来たのが間違いだった。
「避暑地なのに熱いじゃないか……」
「ここはな」
 曇り止めを塗布しなければ、立ち上る湯気に眼鏡が曇りっぱなしだ。
 働け高橋。と、ブラシを肩に担いだ湯川が仁王立ちになった足下、一瞬だけ吹いた涼やかな風に、湯気が流され、現れたのは目にも涼しい緑の景色、裏腹にじっとりと湿った空気、熱い川……そう、川が熱いのだ。
「だって温泉だし」
 俺の名字をなんと心得る! と歌舞伎張りの見得を切る湯川の親戚が経営する温泉旅館の、川を模した露天の掃除がバイトの仕事だ。
「何で湯が緑なんだ……」
 視覚と体感の剥離にくらくらしながら問えば、「あ、それ、ばぶ」と入浴剤の名をさらりと出され、高橋は旅行会社に密告すべく携帯電話を取りだした。
青春
公開:18/09/19 17:00

矢口慧( 関西 )

幻想、怪談、時代物。その他諸々、わりと節操なしに書き散らす(自称)小説屋、やぐち・さとりです。

プチコン花に「花水」が選出。
プチコン海に「真珠」が選出。
プチコン七夕に「烏合の橋」が選出。
名作絵画SSコンテストに「カウンセラー」が文春編集部賞選出。
働きたい会社 ショートショートコンテストに「オフィスカフェ」が選出。
ショートショートは400文字きっちり縛り。

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