黄金比

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「あなた、そろそろ──」
「ああ、ちょっと待ってくれ。寝る前の晩酌だよな。もうちょっとで完成だ」
 グラスに黄金の液体をぽたりと一滴たらす。私はモニターに映る分子の数をのぞき込んだ。液体7、泡が3、分子の数まで完璧な黄金比。もはやただのビールではない。完璧なビールだ。
「できた。今日はきみと初めてビールを一緒に飲んだ日なんだ」
「あら。じゃあちょっとお味見……」
 妻の喉がゴクリと鳴る。
「どうだい? 完璧な黄金比だろ?」
「……あなた、ぬるいわ」
 黄金比に夢中で、温度のことを失念していた。私の体は泡が消えるように萎んでいった。
「でも、いつもより麦芽の香りがして、喉越しがまろやかで……悪くないわ。故郷の味がする。ありがとう」
 妻の言葉は、私の胸のうちをシュワシュワと爽やかに泡立せた。
「乾杯しよう、ハンナ」
 チンと澄んだ音とふたりの穏やかな笑い声が、夜の静寂に溶け込んでいった。
その他
公開:25/11/08 16:26

日日九夏

読むことは長年していましたが、最近は書く楽しさにも目覚めました。書き始めたばかりで拙い文章ですが、読んで頂けたら嬉しいです。
noteでもショートショートや短編小説を投稿しています。こちらも読んで頂けたら嬉しいです?
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