ゴクゴクの記憶

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 父は仕事上がりの一杯を、必ず二拍で飲んだ。「ゴク、……ゴク」。その間に、今日の愚痴と私への質問を挟む。
 葬儀の夜、喪服の胸で、そのリズムだけが空振りした。
 数年後、三津浜のクラフトビールを手に取る。ラベルの説明文に「間が命」という、あの日の口癖が紛れ込んでいた気がして笑う。
 一口飲む。「ゴク、……ゴク」。
 喉を通る泡の向こう側から、「今日もよく喋ったな」と声がする。
 息を引き取った人のゴクゴクを、私は今夜も感謝の返歌のように、静かにチビチビ返している。
その他
公開:25/11/07 16:42

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