忘れられない音

森はグラスの泡を眺めていた。
彼が開発した「無限」は二日酔いにならず、記憶も失わないビールだ。発売直後から大ヒットし、経営が傾きかけていた森酒造を救ってくれた。１年前にはその成功を祝って、仲間で朝まで飲み明かしたものだ。しかし、「無限の飲み過ぎによる健康被害リスク」といった特集がメディアに登場すると売上は激減し、再び経営が傾いてしまった。
森はグラスを呷った。
「グビグビッ。プハァ～」
刹那、1年前の飲み会の記憶が一言一句まで甦った。森は稲妻に打たれた気がした。

半年後、新商品「無限エナジー」が発売された。ノンアルコールで、最大の特徴は、飲めば記憶を失わない、つまり記憶力増強効果だ。認知症に怯える高齢者や受験生から絶大な支持を受け、爆発的に売れた。いまや街の至るところで老若男女が「無限エナジー」を飲んでいる。
「グビグビッ。プハァ～」
その音を聞く度に、森はあの夜のビールの味を思い出す。