酔イニモマケズ

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 物語の主人公になりたかった。
 小学生の時、宮澤賢治の『雨ニモマケズ』を読んだ。私もそうなりたいと思った。
 それから私は贅沢をせず、誰かのために時間を使った。
 友達から連絡があれば、雨の日でも飛んで行き。
 近所のお祭りで人手が足りないと聞けば、一緒に盛り上げ。
 会社員になってからは、各部署を渡り歩き潤滑油となった。
 しかし、ある一言で私の夢は終わった。
「ありがとう」
 ああ。私はいつの間にか見返りを求めていたんだと気づかされた。不思議と悲しくはなかった。
 その日、私はビールを片手に帰宅した。初めての贅沢だった。
 トクトクと注がれる小麦色の液体は、まるで宝石のように見えた。
 シュワシュワと溢れた泡は、夢のように弾けて消えた。
 揺蕩うような心地よさが全身を駆け巡った。
 物語の主人公にはなれなかった。
 けれど、このひとときを味わえる人に、私はなりたい。
その他
公開:25/11/08 14:04

猫目ちゅん

のんびり書いていきます。よろしくお願いします。日常を書くのが好きです。でも、ファンタジーも好きです。思いついたものならなんでも好きなのかもしれません。

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