最後のゴクゴク

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「ゴクゴク」 その音が響くたび、忘れていた記憶が喉を通って胸に落ちる。

この村では、記憶を失った者に“記憶ビール”を飲ませる。

「ゴクゴク(母の声)」「ゴクゴク(初恋)」「ゴクゴク(裏切り)」

ある日、記憶をすべて失った男が現れた。

村人は百本の瓶を渡した。

男は黙って飲み続けた。

「ゴクゴク(戦争)」「ゴクゴク(命令)」「ゴクゴク(後悔)」

瓶が減るほど、男の目は沈み、肩は重く、息は浅くなっていった。

最後の一本を飲み干すと、男はぽつりと呟いた。

「……この重さを、もう一度忘れたい」

村人は静かに頷いた。

誰も言葉を発さず、空の瓶を並べる手だけが、ゆっくりと動いた。

風が吹き抜け、棚の瓶がわずかに揺れた。

だが、音はもう、響かなかった。
ファンタジー
公開:25/11/08 07:00
更新:25/11/08 07:29
#ファンタジー #記憶 #擬音語

問い屋

問いを売る者です。

物語は、構造と余白で問いを設計します。
制度の隙間、感情の波形、沈黙の奥にあるもの。

わたしは、それらをすくい上げ、問いに変えます。
すべての経験は、問いを通じて物語に昇華される。

そして、物語は、あなたの中に問いを残すのです。

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