MINATOビール

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町を歩いているとMINATOビールという看板が目に入った。妻が死んでから酒はやめていた。素通りしようとしたら店主が出てきて言った。
「一杯、聴いていきませんか」
気がつくと僕は小さなカウンターに腰かけていた。店主が缶を開けてグラスにコプコプとビールを注ぐ。海のように深い青のビール。途端に潜水したように耳の中が曇り、遠くから何かの音が近づいてきた。それは神秘的で、悲しみがとけていくような、言葉のない歌のようだった。
「ジュノーはアラスカのホエールウォッチングで有名な港でしてね」
缶の表記には【ジュノー】青ビール-鯨の歌-と書かれてあった。
他にもナポリ、サントス、三津とビールは全て港の名前だ。
「次はどれにします」そう言われ目に止まった銘柄を指差した。
店主が琥珀色のビールを注ぐと隣から「このビール美味しいね」と懐かしい声がした。
僕は【モカ】という妻と同じ名前のビールをキユンと飲み干した。
公開:25/11/06 11:46

杉野圭志

元・松山帖句です。

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