雲海ビール

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足元の霧が濃くなる。登山道を一歩踏み出すたび、頭がふわりと軽くなり、心がぼんやりする。「これは登山病か……?」一瞬身構えるが、体には異常はない。
眼下に広がる雲海は、白い泡の海のように波打ち、頂上まで続く。足元の霧がプチプチと弾け、シュワシュワと甘い音を立てる。息を吸えばほのかに麦の香りが鼻腔をくすぐり、体中にぽわりと温かさが広がる。足取りはふわふわと軽く、まるで雲の上を浮遊するようだ。
登るほどに、くらくらする感覚が増す。登山病かと思ったその瞬間、霧の海がざわめき、巨大な泡の波が迫ってきた。思わず踏ん張る間もなく、シュワシュワと弾ける泡の中に呑まれた。
視界いっぱいに黄金色の泡が渦を巻き、頂上で夢見た幸福も、ほろ酔いの感覚も、すべてが巨大な雲海ビールの雪崩に呑まれた。泡の隙間をくぐる風の香りや弾ける音、柔らかな感触に包まれ、時間も空間もわからぬまま、無重力のように泡の海の中を漂い続けた。
その他
公開:25/11/01 09:07

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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