完璧なビール

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「完璧なビール」が発売された。それは音まで完璧だった。
プシュッ、と開ける音は高原の朝の風のように澄み、トクトクと注ぐ音はまるで小川のせせらぎ。ゴクゴクと喉を通る音は、命がめざめる鼓動のように心地よい。

居酒屋もビアガーデンも、コンサート会場のように静まり返った。
一人もしゃべらず、笑い声もない。
誰も彼もが緊張しながらビールの音に耳を傾けている。

久しく乾杯の声も聞かない。開発チームは慌てた。人と人をつなぐはずのビールが、孤独を奏で始めているのだから。
「なぜだ。味と音のバランスは完璧だったはず……」
「味のよいビールは多くても、このビールほど音のよいものはありませんからね」

そしてリニューアル版が登場した。あえて音に雑味を混ぜたのだ。街には雑なプハーッという息づかいが戻った。

「完璧なビール」は完璧ではなくなり、今夜も誰かが不完全にゴクゴクと飲んでいる。それは気持ちよさそうに。
ファンタジー
公開:25/11/03 00:02

藍見サトナリ

ご覧くださってありがとうございます。
学生時代、文芸部に所属して短いお話を書いていました。あれからウン十年、仕事、家事育児に追われて自由な創作から離れていましたが、心のリハビリ(ストレッチ?)のために登録。
//日々の生活が追ってくるため、ログインが不定期になります。

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