偽り
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真夜中のビルの屋上の端に中年男が立っている。男の背後には、脱いだ靴と遺書が置かれている。男は眼下の道路を見下ろす。時折タクシーが走り抜けていくだけで、人影はない。男は夜空を見上げる。そして天国の妻を思う。すまん。男はつぶやき、飛び降りようとする。その時、夜風が吹く。強い夜風だ。男は思わず傍らの柵にしがみつく。次の瞬間、男の頭部からカツラが脱げて、夜風がそれをさらっていく。男はカツラの行方を目で追っていたが、カツラは夜の闇に消えていってしまった。男の視界が涙で滲む。翌朝、男はいつもの自室で目を覚ます。洗面所に行くがカツラはない。男はスーツに着替え、久しぶりにカツラなしで外へ出る。朝日が男の禿げ頭を優しく照らしている。
その他
公開:25/11/01 20:45
短い読み物を書いています。その他の短編→ https://tomokotomariko.hatenablog.com/
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六井象