おいしい話

私の父は落語家で、蕎麦拳の使い手でもある。
蕎麦拳とは蟷螂拳や酔拳の一種で、蕎麦を食べる動きを拳法に昇華させたものだ。
とはいえ蕎麦拳は攻撃にも防御にも使えない。その動きが見せるのは、美味しそうに蕎麦を食べる姿だ。
扇子を箸に見立て、ずるずると音を立てる。それだけでそこに存在しない蕎麦が見えてくる。思わず見入ってしまう。
その姿に戦意を喪失し、蕎麦を食べに行ってくれるのなら一番平和的解決と言えよう。
恐ろしいのは、蕎麦拳を見つめ続けた先にある。
私の父は蕎麦アレルギーを持っている。だから本物の蕎麦を食べる事が出来ない。
蕎麦拳の蕎麦でさえ、食べ続けると徐々にアレルギー反応が出てくる。そしてそれは、見る者にも伝播する。
相手は驚くだろう。蕎麦を美味しそうに食う姿を見つめていたら、全身が痒くなってくるのだから。最悪、呼吸困難まで誘発させる父の蕎麦拳。
美味しいとはいえ、くらい過ぎには要注意だ。