黄金色の残滓

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母のキンキン声が苦手だった。
特に夏だ。母がビールを飲む時に「ああ、キンキンね」と口にすると、言葉が冷気となり、ビールは泡まで凍って霜がついた。
母はそれを最高の瞬間と喜んだが、私には温もりを奪う母の魔法が怖かった。
​母は他界し、そして私にキンキン声は遺伝しなかった。私は普通の声で、普通のビールを飲むようになった。
​ある真夏の日、私は一人、ベランダでビールを開けた。冷たさが喉を通り過ぎる。
​「ああ、キンキンね」
​無意識に母と同じ言葉を呟いた。
​その瞬間、遠い夏の日の凍ったビールの霜の輝きが鮮やかに蘇った。
ビールは冷えていない。だが心の中で、母のキンキン声とともにあった不器用な愛情が、一瞬にして冷たく結晶化したように凝固した。
ジョッキに残った夕陽を透かす黄金色の液体は、母に対して持つべきだった、しかしもう注ぎ足すことができない時間と愛情の残滓のように見え、私はそっと目を閉じた。
ファンタジー
公開:25/10/30 12:13
更新:25/10/30 20:48
クラフトビールコンテスト

のりてるぴか( ちばけん )

ベリショーズに出没する人。

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