はい、チアーズ!

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…カシュっ!

ミニサイズの真っ白なビールの缶にひつじ雲の群れる空と穏やかな海が浮かび上がってくる。缶の口から漂う潮風と金木犀の混ざった香り。ンミャ、ンミャと寂し気なウミネコの声で沸き起こる泡。

「素敵ねぇ」

私の隣で祖母が目を輝かせる。

「蓋がカメラのシャッターになっていてね、レンズ面を映したい風景に向けて開けると缶とビールに音や香りごと風景を一緒に写せるの」

缶に写った秋の海。口付けると返る波の音がサァァと喉を通り過ぎた。
遠方に住む祖母。久々に並んで歩く海を私は無性に飲み干したかった。


「次は一緒に撮ろう」

一缶飲み終え、今度は鞄から自撮り缶を取り出す。少し照れながらレンズ面を見つめる祖母。

「はい、チアーズ!」

…カシュっ!

缶に写った夕暮れの海と笑顔の二人。
おばぁちゃん、私より背が低くなっていたんだね。
缶を呷ると寄せる波の音がザァァと喉を通り過ぎていった。
その他
公開:25/10/26 20:00
更新:25/10/30 11:13

ネモフィラの旅人( 風の向くまま )

旅人なのでいたりいなかったりします

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