音上げラッシュ

「来月から、また半音上がるらしいぞ」
隣席の金梨が、酒臭い溜息をつきながらぼやいた。気持ちは分からんでもないが、まずいビールが一層まずくなる。
「２０か月連続だっけ。正直感覚がマヒしちゃったよ」
ラッパ飲みしかけた割り勘の中瓶を奪い、互いのグラスに『ド＃＃＃』注ぐ。『＃ン』と甲高い乾杯の後、やけくそで呷った喉越しは『＃＃ゴ＃』『グ＃＃ピ――』と鋭い耳鳴りに取って代わった。

相次ぐ物価高のあおりを受け、飲食の『音』まで上がりだしたのは一昨年に入ってからだ。累積数不明の＃が積み重なり、もはや常人には聞こえない超音波領域に突入しつつある。
「＃ハ～！あーくそ、息まで＃がっちまった」
「ビールじゃなくて、ヘリウム飲んだみた……＃ック」
鼓膜が破れそうな喧騒の中、気分だけが果てしなく盛り下がっていく。
庶民の青息吐息など聞かぬ顔で、画面の向こうのコウモリ議員先生達は、今日も超党派閣議に忙しそうだ。