言葉の重さ

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この世界では、人が発する「言葉」に物理的な重さがあった。
「ありがとう」は綿毛のように軽く、「約束する」は小石ほどの重さ。「愛してる」は鉄アレイのように重く、口にするには覚悟が要った。だから人々は無駄口を叩かず、本当に必要な言葉だけを大切に紡いで生きていた。

その静寂を破ったのが、隣に越してきた女だった。

彼女は、意味のない相槌や悪口、どうでもいい噂話など、羽のように軽い言葉を一日中まき散らした。彼女の部屋が、おびただしい量の「言葉のチリ」で少しずつ満たされていくのを、壁一枚隔てた俺だけは感じていた。

ある朝、アパートが異常に静かだった。

俺は異変を感じて隣のドアを開けた。部屋の中では、女が自分が吐き出した大量の「言葉のチリ」に埋もれ、窒息して死んでいた。

そして、そのチリの山の中心で、ひときわ重く床板にめり込んでいる一言を、俺は見つけた。

「助けて」
SF
公開:25/10/14 18:00
更新:25/10/14 14:10

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