五円ビール

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その男は、好きなビールもチビチビ飲む程金欠だった。ある日そんな男のもとに、たった五円でビールが飲める店が開いたとの噂が届いた。
「こんな物価高の世に…」
男は半信半疑で出掛けたが、その店の佇まいは幼い頃に行った海の家を思い出させた。

注文すると店主は噂の品を運んできたが、卓に置かれた瓶の口には貝殻が嵌っていた。
「形はウミニナだけど…?」 
店主は黙って男が手にする五円玉を指差した。
「そういう事か…懐かしいな。海鮮ならぬ”貝栓”か」
男は殻頂を五円玉に嵌めて折ると、その小さな穴からコップにビールを注いだ。その音はチビチビではなく、チャプチャプと漣の音だった。
そして男がグイッとビールを飲み干した時、笛の音が聞こえた。
見ると軒下で子供が空瓶に息を吹きかけ遊んでいた。
「昔の俺に似てるな」
しかし、男が背を見せた子に掛けようとしたその声は、喉奥から聞こえてきた引潮の音に飲まれてしまった。
ファンタジー
公開:25/10/11 22:00
更新:25/10/11 10:40
クラフトビールコンテスト③

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