音を味わう

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「今夜が峠だな」
寝たきりになったばあちゃんを横目に、父が呟く。
和室に置かれた最新の介護ベッド。峠だというのにビールを取り出す父。
すべてがアンバランスで、足元がふわふわする。
父はビールの缶を開けると、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「っかぁ、ビールは喉で味わうもんだな」
「そうなの?」
喉に聞くと、ごくんと喉仏を上下させて頷く。
「お父さんは飲めていいわね。私は運転があるから」
母は冷蔵庫からケーキを取り出し、がぶりと食らいついた。
「さっき、おにぎりを4つも食べてたんじゃ」
「甘いものは別腹よ」
「そうなの?」
別腹に聞くと、ぶるんぶるんと横に揺れて否定する。
「ばあちゃん」
ばあちゃんは返事をしない。
ビール好きのばあちゃんが飲めなくなったのは、いつだったか。
ぷしゅ。
父が新しいビールの缶を開ける。
ごくっ。
ばあちゃんの耳がわずかに動く。
ビールの音を、耳で味わっているように。
その他
公開:25/10/08 17:51
クラフトビールコンテスト③

蜂賀三月

児童文庫を書いています。著書に『鮫嶋くんの甘い水槽』『無人島からの裏切り脱出ゲーム』『絶対通報システム~いじめ復讐ゲームのはじまり~』など。
 

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