泡海

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海は静かに弾けていた。白い波頭が「しゅわ、しゅわ」と連なり、足もとでは「ぱち、ぱち」と細やかな音が絶え間なく続く。浜風は甘く、どこか香ばしい。水平線は金色にきらめき、空までも泡立っているようだった。
男は不思議に思った。砂浜に腰を下ろすと、潮ではなく泡が寄せてきて、すねを「こぽこぽ」と包み、やがて体ごと浮かせる。
波間に漂うと、世界は柔らかく、ほろ苦い匂いで満ちていた。目を閉じれば、全身が小さな泡粒となり、ざわめきと一体化していくようだった。
遠くで「ぷしゅっ」と低い音が鳴り響いた。大きな栓が抜かれたように空が震え、海全体がざわめく。泡は互いに擦れ合い、「ざわわん」と低く歌い始める。
彼は空を仰ぎながら、ゆっくりと理解する。ここは海ではない。自分はただの小さな泡で、無限に注がれる琥珀色の液体の中に浮かんでいるのだと。そして次の瞬間、誰かの喉に吸い込まれ、「しゅわ」と消えてしまうのだと。
ホラー
公開:25/10/04 19:37

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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