忘却酒場

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 恋人の江美と喧嘩別れした。3年間付き合ったが、最後は悪口を言い合い修羅場だった。もうあいつのことは忘れてしまおうと思い、目についたのが、忘却酒場の看板だ。

 カウンター席に座りマスターに注文する。
「終わった恋の記憶を消し去る飲み物を頼むよ」
「きれいさっぱりですか?」
「ああ、彼女の存在をすべて忘れたいんだ」
「では、忘却ビールを」
 マスターはグラスにビールをトクトクと注ぐ。シュワッと泡が立ち上るそれをグイッと一気に飲み干す。一瞬頭がクラッとする。
「ああ、すっきりした」

 見るとカウンターの隅でグラスを傾けている女性がいる。素敵な人だ。一目惚れってやつか。俺は彼女の横に腰かけてみた。
「失礼します。ご一緒してもいいですか?」
「どうぞ」
 彼女は俺を、愛しげな瞳で見つめた。

 二人の様子を見て、マスターはつぶやく。
「そろそろ、忘却酒場から復縁酒場に店名を変えてもいいかな」 
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公開:25/10/04 07:43

ナラネコ

老後の楽しみに、短いものを時々書いています。

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