時のビール

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古びた酒場で一杯のビールを頼むと、店主が静かに笑った。
「これは“時のビール”さ」
妙な冗談だと思いながらも一口含むと、世界がふわりと揺れた。
気が付けば、大正時代の東京。石畳の道にガス灯が灯り、着物姿の人々が往来する。懐かしくも知らぬざわめきの中で、もう一口グィと飲む。
視界が眩んだ次の瞬間、未来都市。空飛ぶ車が行き交い、空中には月からの観光列車が到着する。無人のバンドが演奏を奏で出迎えている。
最後の一滴をグィと飲み干すと、彼は元の酒場に戻っていた。そこにはもう店主の姿はなく、グラスも空っぽだった。
夢だったのか――そう思いながら懐を探ると、片手には古びた切符、もう一方には未来の硬貨があった。
そしてテーブルの上には小さな紙片が置かれている。「また飲みに来な、時の旅人さん」と書かれている。
ふと見ると、グラスの底に時計の紋章が揺れている。まるで時間の泡のように――。
ファンタジー
公開:25/10/04 06:55

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