一杯の猫

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ごろごろと喉を鳴らすその一杯は、妙に生き物めいていた。泡は、ふわりと立ち上がり、耳のように尖ってはすぐにしゅんと萎れる。口をつければ、最初は「スリスリ」と舌を撫でるようにやわらかく、苦みが立ち上がるときには、小さく「カリッ」と爪先を立てられたような刺激が走る。グラスを傾けるたびに泡が弾ける。
呑み進めると、液面にキャッツアイのような光が揺れ、グラスの縁から「ニャア」とかすかな声がもれる気がした。舌の奥には小さな足跡が残り、まるで猫が魚を追いかけるように喉を駆け抜けていく。隣には肴が並び、焼き魚の香ばしさに混じって、泡の香りもふわりと漂う。
やがてグラスの影が床を横切り、そこにしっぽが生えたように見えた。空になったはずのグラスは、「ゴロゴロ」と低く鳴り、まだ温もりを帯びている。思わず撫でると、手のひらにかすかな柔毛の感触が残った。
どうやら私は、今夜も一匹まるごと呑み干してしまったらしい。
公開:25/10/03 21:05

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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