第三恒河沙のビール

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安田工場長はこう語る。
「第三、第四のビールと次々に開発してきました。第八億くらいで、聞こえるようになったんです」
――聞こえる、とは?
「ビールの声です。シュワシュワ、という音が、しだいに『わたしを美味しくして』と聞こえ始めて」
――幻聴ではなく?
「はっきりとした声です。その声を聞くうちに、絶対に美味しくしなきゃって」
安田工場長はそう言うと、どこか遠くを見つめた。
「六澗を超えたあたりで、もう自分が何を作っているのか分からなくなってきました」
――私も、あなたが何を言っているのか分からなくなってきました
「そして、最高傑作の『第三恒河沙のビール』が誕生したのです」

私は、ジョッキを満たす黄金色の液体に目を向けた。
「いただきます」
ゴク、ゴクと飲み干していく。
その瞬間、脳内ではっきりと声が響いた。
『わたし、美味しい?』
思わずうなずくと、ビールはうれしそうにシュワッと弾けた。
ファンタジー
公開:25/10/05 00:25
更新:25/10/05 09:17

てぃーえむ

さすらいのショートショートガーデニスト。

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