祇園泡夜

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提灯の明かりが揺れる祇園祭の宵山。人ごみを抜けた路地裏で、僕は一缶のビールを開けた。
「プシュッ」
その音に呼応するように、山鉾の車輪がわずかに震え、「ゴロゴロ」と転がり出す。人が押していないのに、勝手に進み始めたのだ。
驚いていると、缶から「ゴクリ、ゴクリ」と喉を鳴らすような響きが広がり、あたりの提灯が一斉に点滅を繰り返す。まるで祭り全体が、僕の一口ごとに呼吸しているかのようだ。
二口目を「ぷはぁ」と飲み干すと、鉾の上から雅楽の音色が降り注ぐ。
だが、その旋律は笛ではなく、泡のはじける「パチパチ」という音でできていた。
気づけば観客も露店も消え、路地の両脇に並ぶのは無数の黄金色の川。泡立つ川面に、鉾が静かに浮かんでいく。
僕は残りの一滴を口に含み、「カラン」と缶を落とした瞬間、川も鉾も、そして祭りの夜も跡形なく消えた。
ただ舌の奥に、ほろ苦い余韻だけが残っていた。今となっては後の祭りだ。
その他
公開:25/10/01 19:13

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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