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音書き職人になりたいと告げた十八の春、父は表立って反対はしなかった。
杜氏の娘がビールの世界に飛び込む事に、内心思うところはあっただろうが。酒蔵でもろみをかき回しながら、家を出る私を背中で見送った。
修行先の工房で、任されたのは泡の音だった。
グラスにこんもり注がれた泡が、弾けてゆくささやかな音。口に迎えてから飲み込まれるまでの、舌の上で跳ねるかそけき調べ。ほどんど耳に止まる事もない音を、タンクに挿した音筆で書き続けた。
来る日も来る日も書いては飲み、自身の手と耳と舌で音の感触を確かめる。黙々と酒を仕込む父も、こうしてもろみの呼吸する音を聞いていた。――ありがとう。ごめんなさい。ぽつりぽつりと苦い音色が筆先から滴った。
二年ぶりの帰郷の日、蔵はいつも通りに静かだった。
父の仕込むもろみが『おかえり』と囁く音を聞きながら、深呼吸して足を踏み出す。
携えた瓶の中で『ただいま』と泡が歌った。
杜氏の娘がビールの世界に飛び込む事に、内心思うところはあっただろうが。酒蔵でもろみをかき回しながら、家を出る私を背中で見送った。
修行先の工房で、任されたのは泡の音だった。
グラスにこんもり注がれた泡が、弾けてゆくささやかな音。口に迎えてから飲み込まれるまでの、舌の上で跳ねるかそけき調べ。ほどんど耳に止まる事もない音を、タンクに挿した音筆で書き続けた。
来る日も来る日も書いては飲み、自身の手と耳と舌で音の感触を確かめる。黙々と酒を仕込む父も、こうしてもろみの呼吸する音を聞いていた。――ありがとう。ごめんなさい。ぽつりぽつりと苦い音色が筆先から滴った。
二年ぶりの帰郷の日、蔵はいつも通りに静かだった。
父の仕込むもろみが『おかえり』と囁く音を聞きながら、深呼吸して足を踏み出す。
携えた瓶の中で『ただいま』と泡が歌った。
その他
公開:25/10/03 10:09
クラフトビールコンテスト③
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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