ビアライブラリー

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「ぷしゅっ」
誰かが本を開くたび、泡が弾けるような音がした。町外れの古い図書館に並ぶのは紙の本ではなく、透明な瓶に詰められた物語のビールたち。
ラベルを指でなぞると低く泡立ち、瓶を開けば文字が「しゅわしゅわ」と飛び出し、宙に浮かんで組み替わる。
読む者の心に合わせ、悲劇は黒ビールのように深く苦く、恋愛譚はレッドビールのように甘く情熱的、幻想譚はホワイトビールのように淡く泡を残す。
青年は一本を選び、琥珀色のそれをグラスに注ぐと「とくとくとく」と文字が並び、喉を過ぎると「くぅーっ」と胸奥が熱い。次の瞬間、閉ざしていた記憶が「ぱちぱち」と泡立ち、忘れていた微笑みが蘇った。
気づけば彼は、酔いしれるようにページを味わっていた。まさに読書に酔うという体験。
夜風に「ぷはぁ」と吐息が混じる。物語のビールは静かに眠り、次の読者を待つ。耳の奥で、「しゅわん」と余韻だけが泡のように響き続けていた。
その他
公開:25/10/02 19:37

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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